投稿日:2008-07-25 Fri
「日記草という名を冠しておきながら」とは少し前の日記とも同じ書き出しとなっており、しかしまたもそういった導入をしたくなるほど日記どころか月記、時には三ヶ月記もままならない自分の飽きっぽさに、最早飽きているからまたこの日記を書き出しているのはこれ皮肉なもの。また日記らしいことを書こうと思ったのだが、日記というのは日々の出来事やそれに付随する、もしくは付随もしない自分の考え、その報告、自らへの戒め、もしくは家計簿から成り立っていると同時に、人によっては「備忘録」という側面も持ち合わせている。
自分は、自分が物忘れが激しいことを自覚させられる毎日を、何年か前から送っているわけだがしかし、備忘録代わりとなる手帳というものを買わない、買っても鞄に入れない、鞄に入れても鞄から出さない愚行を何度か繰り返しており、絶望の末今も手帳を携行していない。しかし最近は常にポケットや鞄に入れて持ち歩く携帯電話というものにに「テキストメモ」という機能を発見し、そこに忘れてはいけないこと、気になったことや人に教えてもらったことなどをさっとメモすることがある。備忘録。しかしそこにメモした事柄は意外と後々まで覚えていたり、もしくはあまりにも断片的過ぎて何のことやらわからない単語が書いてあったりしてどうにも役に立たなかったりする。今もテキストメモには「ウィーン」という単語がメモしてあり、都市なのか効果音なのかすらも判然としない。
というわけでこの放置しがちな日記草を備忘録として使ってはどうかと思ったのだ。そうすればパソコンを開き日記草を開く度に忘れてはいけないこと、気になったことや人に教えてもらったことなどを画像付き、詳しい説明付きで観ることができるのだと思ったのだけれども、よく考えてみれば世界中の人たちに惜しげもなく公開されているこの日記草に備忘録を付けてしまったら自分の忘れてしまいそうなことが次々にアップされ、例えば「7月26日20時友人Hとの飲み」などといった事柄が友人Hの顔写真と共に世界中に公開され、すると友人Hを狙う例えばゴルゴ13が目を付けたり、26日夜は忙しくて舞台観に行けませんとか言っていたyushiさんの忙しさの中身が露になったり、あまり良いことが起きるとは思えないので、やはりネット上で備忘録を付けるのは止めました。
勢い余ってアップしてしまった上の写真は、家にあるのを発見すると、自分にとって納豆よりも卵よりも世界で一番米が進むおかずはこれだった!と思い出し、家にない時はすっかりその存在を忘れてしまう不思議な不思議な、なんか胡瓜とか茄子とか葱とかのみじん切りの塩漬けでござーい。これで忘れまーい。
投稿日:2008-06-19 Thu
自分の髪が恐ろしく狂狂(クルクル)しているなあと思う瞬間が自宅や帽子屋、街中の店前に設置してある鏡や、電車、自動車、街中に設置してある窓などをふと見た時に訪れることがあり、さっき自宅のトイレに入ったらまたそう思った。今朝はワックスにて整髪を図ったわけだが因って髪は全体として狂狂としながらもモッサリしているわけだが、自分は同じ狂狂の中にもこういう狂狂だったらいいなあと思う種類の狂狂があって、それは例えばこの前美容室で見たメンズノンノに載っていた外人モデルの狂狂だ。実に軽い。写真なので触ってはいないが、多分フワフワしている。俺モサモサかつベタベタ。彼フワフワかつサラサラ。髪質の違いなのか、整髪料の違いなのか、毎日のお手入れの違いなのか、美容師の差なのか、原因は果たして漠然として何とも突き詰めがたいが、多分全部だ。複雑系のカオス理論。ここ2週間ほどで偶然にも邦画を4本観に行った。邦画を映画館に観に行くことは、機会がなければ半年くらいなかったりするというのに、すごい固まり方だ。観たい映画があったということ、時間があったということ、金があったというか料金が安かった(4本で4300円)ということがうまく重なった。その4本とは、ぐるりのこと、山のあなた、少林老女、ヤーチャイカ。今にして思うと、一つとして同じ傾向にない。
しかしこれだけまとめて観れるのも恥ずかしながら料金の安さがかなりでかい。4本とも1800円で観たら7200円。尻込む。山のあなたの料金は1000円ですよ。その理由は短めだからと言うが、一時間半は短いと言うほど短くはない。興味があるならばとても魅力的な料金だ。レンタルして家で自由な時間に一人で観る体験と、映画館で決められた時間に集まって席に縛り付けられて大画面、大音量で皆と共に観賞するという体験は、どちらの方がよりその映画を味わえるかは場合によるが、全く別の体験だ。実は自分の場合は、家で一人で観た作品の方が心に残っているものは多い。しかしながらも別の体験だと思う。映画館で観る体験は、もはや山登りの感覚に近い。その瞬間そのものが体験であるような。途中でやめられない強制力とそれ故生まれる独特な集中力と。
あ、ちなみに4本とも面白かったです。ぐるりのことはリリー・フランキーさんが良かった。よく彼のことを知らないけれども、柔らかくて包容力のある人だと思った。全体としては長かったけれども描きたいものは全て描きたいという監督の意思が見えた。ハッシュ!もそう思った。山のあなたは原作を観なければその魅力はよくわからないと思った。それが残念でもあるが、しかしカヴァーだからなあ。少林老女、多分つまらないと思って観に行ったけど、面白かった…しっかりと適当に作ってある。ヤーチャイカ、良かった…観てる私、というよりも映画を観ているその空間を包み込む空気を作り出し、それが繊細で静かで、とても居心地が良かった。もっとあの空間に居たかった。空白は強い。
最近ダニにかまれたような痒みを伴う虫刺されをよく身体に見かけるが、ダニなのだろうか。どこにいるのだろうか。外で虫が鳴いているように聞こえるが、ノイズ音のようだ。こんな虫いたっけ。
投稿日:2008-04-05 Sat
新年度が明けまして。桜もまだまだ散らずに街を彩る。三月末の舞台、観に来てくれた方、ありがとうございました。非常にやり応えがあって、ぴぃんとはった緊張感が稽古期間中から本番まで自分の中にありました。評判も上々、嬉しい限りです。
そこから一週間、とにかく咳が出る。最初は張り詰めていたものが弛緩して風邪をひいたのかと思ったのだけれど、止まらない。何やら黄砂のせいなのかと今日電車に乗っていて自動扉の上に設置してあるディスプレイのウェザーニュースを見ていたら思った。でも咳が止まらないことはよくあるので原因は自分の呼吸器の弱さにあるのかもしれない。俺、喉弱いなあと思ったのは高校生の頃、カラオケに頻繁に行っていた時。自分の声が低いとは思っていたが、高い声を出そうとするとすぐ喉が潰れることにより自覚した。それから度々困らされてはいるけれど、受け入れております。天然パーマと喉の弱さは。他、色々自覚することがあるのだけれど、それはこれからも増え続けていくと思う。そういうものを自覚すればするほど、不自由さに縛られるのかと思いきや、むしろ別の自由さを見出すのだから一筋縄じゃいかんね。可能性を感じる。
髪と言えば自分は整髪するのにワックスを使うのだけれども、前回美容院でやられたようにムースとワックスを二つ使いこなしてもっと素敵な髪さばきをとこの頃は思う。が、ついムースを買って来るのを忘れて朝整髪する段になって思い出すので未だ行動に至らず歯痒い思いをしている。剃刀も新しい替え刃を買って来ようと思ってついつい忘れ、朝髭剃りをする段になって思い出すことを今思い出したが、今から買いに行くのは億劫なので明日買おうと思ってまた明日の朝も頬から血を流す。多分明後日も。
明日は花見の予定なんだけれども、まだ連絡が来ない。去年は帰宅途中顔に傷を負ったので今年は飲みすぎないように注意してみようと思うが、その方法がわからないのでせめて杯から顔を上げて花を愛でる時間を多めにしようと思う。暖かいといいなあ。
投稿日:2008-03-14 Fri
前回の日記でノートブックにおいて日記をつけることを高らかに宣言したワタシは一日たりとも日記をつけていません。やっぱり無理だ。というわけでお久しぶりです。急にネット上に現れて何の企みかと言えば宣伝です。自分、舞台にまた立ちます。
ひとのからだ「love button」
3月28〜30日 荻窪メガバックスシアター
前売料金 2000円
当日料金 2300円
28日(金) 19時〜
29日(土) 14時〜、 19時〜
30日(日) 13時〜、 18時〜
詳しくはHP、
http://www.hitonokarada.com/
を参照のこと。
今回は演出が、初めて演劇に携わるという方。しかしその感性は信頼でき、きっと面白いものに仕上がると今日インドカレーを食べた私は思っています。豆入りのマトンカレーを。
ワタクシは大人のおもちゃ工場で働く妻子持ちの男。ちょっと主演ぽい感じ。物語を見せる構成ではないのでそれはあまり関係なかったりしますが、でも観に来てくれる人たちの心動かせられるよう毎日練習を進めております。
興味がわいた方はぜひとも観劇にいらっしゃいませ!よろしくお願いします。
投稿日:2008-01-09 Wed
皆様御察しの通り、そして見てわかる通り、毎日の出来事を朝から夜への時間の流れに沿って、移りゆく空間を追って、書き記してみた。結果、特に美しい文章が出来上がったというわけではないが、過去に前例のない新しい試みであったと我ながら思う。これからは自分のノートブックにて続けて行きたい。と思ったらこれを人は「日記」と呼ぶらしい。「日記草」という名を冠しておきながらサボるわサボる、たまに書いたと思ったらこんな楽しい思いをしてきただとかこんな苦しいことがあっただとか、どうでもいいことを吐露、中吐露、大吐露、そしてまたサボる。これは良くないなあ、日記とは何だったかなあと考えて始めた試みがこれ、この一ヶ月間にわたる毎日の日記。
時間軸がぐちゃぐちゃになって交錯して判別不可能になった自分の脳内記憶に比べ、かなり整然としていて、こんな風に過去を思い出すことは少ないなあと思い、面白い。読み返してみると、同じ日の出来事を自分の中で最近のことだと思ったり前のことだと思ったりと、この一ヶ月間でさえ勝手に順番をずらしたりしていて、自分の適当さ加減がわかる。
昔から思っていたこと。毎日、生まれて初めての出来事が起こる。もちろん2008年1月9日22時39分43秒という時間を体験したのは生まれて初めてであるが、そういう理屈は置いておいても、何かしら初めての体験が。それを感知する感覚というか余裕、これは大事だと思っていて、日記というやつはこれをもろに刺激してくれもする。
というわけで本当に自分のノートブックに記していきたいと思っている。一つの強制力として皆様に観覧されるブログを利用したのだけれども、起動させるのが面倒だし、皆様に読む時間を使わせるのも申し訳ないので。日記草新記事はまたそのうち何かしら。
遅ればせながら(本当に遅れた)明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。今年の抱負は、
「エンゲル係数を下げること」。
…文字にして書いてみるとなんか現実的で気持ち悪いと思った。エンゲル係数を計算したことなんてないし、これからもするつもりはないです。ただ、飲食にかけるお金を他に使ってみたいと思ったこと、それから所得を上げたいと思ったこと、この2点をまとめて「エンゲル係数を下げること」です。一昨日突如、ワイン屋の倉庫で思いついた抱負です。後はやはり毎日を大切に生きていきたいと思っています。ぶえぶえ。
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